1/11/2015

「言論の自由」? - 2

先回、ちよっとヘビーと思いつつ、「Charlie Hedbo」の惨事に対するあまりにも感情的な反応に恐怖に思ったのは私だけではないようです。

その前に、簡単に結末までのストーリーを、、、、。まず、パリの過激風刺週刊雑誌社「Charlie Hedbo」での12人が惨殺され、二人は逃亡、一人はガールフレンドと共に、次の日ユダヤ人スーパーで人質を取り立てこもり、銃撃戦の結果本人と人質4人が死亡。スーパーの客15人は、なんとスタッフの誘導で地下の冷東庫に非難し難を逃れた。そのガールフレンドは生きのびすでにシリアに逃亡したとの報道がありました。ほとんど同じ事刻に主犯の兄弟二人は、パリ郊外の印刷工場に立てこもり結局銃撃戦で死亡したのです。そして、昨日今日と各地でテロに対するデモが繰り広げられています。各々に「Je suis Charlie」(私はシャルリー)のプラカードを掲げてのデモ。
これは、テロに対する、そして「言論の自由」を主張のデモである事は確かなのですが、実は物凄く微妙なのです。受取り方によって全く違った結果を生む怖さがあります。
イギリスの風刺はここまで過激ではない、と前回書きましたが、「Charlie Hedbo」のは、この事件が起きるまでの、その過激さでの批判は半端ではなかったのです。ところが今は全く逆で、全く「Charlie Hedbo」を知らない人まで「Je suis Charlie」のプラカードを掲げている。
つまり、「Je suis Charlie」と言う事はある意味で、過激で行きすぎた「言論の自由」に、更にイスラムを誹謗する事に賛同するとも受け取れはしないか?更なる対立を生む事になる

可能性が、、、?そんな意見もポツポツと、、、、。

昨日、BBC Radio 4 のプログラム(多くのプログラムで論議されています)では、私と同じような冷静なコメントが出されていたのにはホッとしました。なにしろメディアの反応とそれに対するコメントは、テロリストの思うつぼ的なものが多かったから、、、、。

今日は以下、全く別の記事を紹介します。
過激派テロリストから殺されたイスラム教徒の警官
ユダヤ人スーパーのヒーロー
他の「Charlie Hedbo」のイラストレーターの証言


他にも、少しづつこのタイプの記事が出てきています。



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